edoblog_title.jpg

2014年05月07日

自分のレースを求めて−UTMF2014− byしー

完走できなかったレースですが、その時の状況や気持ちを書いてみました。こういうレポートもたまにはいいのでは、と思います。タイムやコースのことなんて何にも書いてないです。面白くはないでしょう。が、
お暇な時に読んでください。

『UTMF2014』 
 辛かった。悔しかった。レースをやめる自らの決断に、心身とも押しつぶされて前を向いて立っていられないような苦しさだった。それでも、痛む右足を少しずつ前へ出して下山しなくてはならない。
後ろからレースの真っ只中にいる選手が駆けてくる。同じ舞台に立った者として、状況がわかる者として手をたたき声を出して応援する。彼らもこの先どうなるかわからない。
下山の道は辛く長く険しかった。夢だったらと何度も思った。

 スタートはあまり緊張することなく、力まずリラックスして立てた。169kという長丁場のレースでは緊張のしようがない。
 二週間前から徐々に走行距離と強度を減らし、好きなお酒もほぼストップ。水分、ミネラル摂取に気をつけ体をリセットしていた。
 トレーニングはとにかく長時間心地よいペースで運動し続けることを主とした。短距離では負荷のかかるトレーニングにしたり、できるだけ山での状態に脚や心肺を近づけたトレーニングを行っていた。
週末時間を作って山トレ。夜の山、レースと似たような場所で足さばきを身に付ける。山はひとつひとつ形状や傾斜が違うのはもちろん、足場がその土地、環境で大きく違う。縦走している間に場所場所で出てくる足場が変わったり、季節や天候で状態が一変することは常。何度も何度も繰り返し経験することで瞬時に対応できる脚を作る。これは理屈ではない。体が記憶していくもの。自然に反応するようにできていくもの。
長い林道の上りを走り通し、精神面もトレーニング。メンタルの強さはウルトラでは必携品。
荷物を背負い水分やエネルギー補給のタイミング、どこでどんなものを飲み食べるのか。それも試していかなくてはならない。
 さまざまなことを試し、積み重ねていった結果、長い距離でも脚が疲れにくく、山での脚の使い方もわかるようになってきていた。
後はレースでその成果を試したかった。自分はどこが成長して何が足りないのか。それを知ることのできる最高の場。それが私にとってのレース。ロードでも、トレイルでも、スカイでも、ウルトラでも、レースでは自分の走りをしたい。求めたい。
 
 今回のUTMFではいかに走って無駄なく進めるかが私の課題だった。ダラダラと続く林道の上り、下りでさえも歩く選手は多い。脚を使わない一つの策だといえばそれまでなのだが、私はどうも性に合わない。歩けない。「それで脚を使ってしまうのでは?」と言う人もいるが、決してそんなこともない。私にしてみれば、歩くほうが疲れてしまう。それにランナーだから、ランニングレースに出ているのだから走りたい。山も走りたい。急斜面はさすがに歩くのだが、それでも無駄なくリズムよく速く進みたい。そして下りは楽しむ。ぽぽぽぽ〜ん、わぁ〜である。下りは勝負する。面食らうような超激下りでもひるまず果敢に攻めたい。テクニカルな下りはこういうときでないと思い切り味わえない。男性ランナーに道を譲ってもらう爽快感!
 
 どこでどうしたか、思い当たる点がひとつ。70k過ぎのちょっとした下り。少しごつごつしていたが、なんてことない下り。その少しの段差で右膝だけがガクンと折れた。片足だけ正座のような形になってしまった。
後続の選手が驚くほどの落ち方だったが、私自身は瞬間びっくりしただけでサッと立ち上がり、別段変わったこともなく再び走り始めた。走りは順調だった。むしろ、おなか、腸の辺りがしくしく痛む感じのほうが気になっていたが、これも走れないほどではなかった。
 100kを過ぎ、お待ちかねの天子山地。最初の天子ヶ岳の急登にさしかかった時、右膝の内側に違和感を覚えた。「つったか?」「いや、違う?」力が入らない、踏み込めない。ペースを落として、歩幅を狭くして痛み止めを飲んで、できることを全部やってみてもダメ。元に戻らない。頂上はまだまだ先。
ここで焦ることはない。下りで走ろうと思った。でも、どんどん力が入らなくなり、前面に痛みだけがミシッ、ミシッと音を立てるように出てくる。「下れないかも。。。」登り以上に足への衝撃が大きい下りができるとは考えにくい。
相当しかめっ面をしながら山頂に着いた時、タケさんに電話。状況を説明し時間がかかりそうだと伝える。「少し休んで。大丈夫大丈夫。休んで。」と返ってくる。
座り込んだ私にスタッフも、後から来たランナーもみんな自分の足を止めて色々と手を貸してくれる。励ましてくれる。スプレーや痛み止め、支えになりそうな枝を差し出してくれる。「歩いてでもまだゴールできるよ。」― 決断の時だった。
 痛む右膝は休んでもよくなるとは思えない。むしろ悪化するだろう。歩いて夜を越すのは避けたい。自力で下れるうちにやめなくては。苦しい苦しい時間だった。
タケさんに再度電話。「ごめん。足に力が入らない。登れない、下れない。勘弁。」
「うん。わかった。降りてこられる?」
「ちょっと時間かかるけど自分で降りる。」
この区間での最後の山、雪見岳の超激下りをしばらく降りていると、タケさんが下から登って迎えに来ていた。「ゲッ!!この下りを登ってきたか。イイな〜。このキツさ。なんかイイナァ〜」と、辛いのにこういうところは冷静?凄まじい激下り。ムリヤリ作ったような下り道。タケさんはなんてオイシイ思いをしているんだと勘違い?している。辛くて頭までおかしくなったのではない。完全にドMなのだ。
私の前でくるりと方向を変えたタケさんは来た道を下る。やっぱオイシイ。
痛い足を一歩一歩踏み出しながら、タケさんの背中に感謝する。そして、後ろから来て走り降りていくランナーの背中にエールを送りながら私のレースはリタイアという形で終わった。

 チップを返し、スタッフがお疲れ様でしたと頭を下げる。応援してくれた知人に会い、胸がいっぱいになってしまった。どこにもぶつけようのない辛さ、悔しさ。自分で飲み込むしかない。
 どこで何があるか誰にもわからない。どうしてこんなことがレースの時に、ここからという時に起こるのだろう。考えても考えても、それもレースなんだと思うだけ。

 リタイアに終わったが、今回の走りは忘れない。少なくともやめるまでの走りは私らしさを出せたと思う。得たものはたくさんある。
 悔し涙を引きずったまま、一週間後JST(Japan Skyrunning Team)の合宿参加。今をときめくトップ選手との交流、練習を通してUTMFの傷はすっかり癒えた。間近で走り方を聞いて、見て、イメージして、真似して、盗んで、登って、絶景を見て、下って、笑って、切磋琢磨して、意識しあって、刺激しあっって、そんなことをしていたら悔やんでいる暇がない。ウカウカしていられない。
山をきれいにうまく走る。これを求めて、また次のレースに向かおう。向上心がグンと養われた合宿だった。仲間がいるって最高に幸せだ。

 UTMFはその場にいる者にしかわからない状況、空気がある。
皆さんもチャンスがあればトライしてみてください。会場に来て応援してみてください。
私はこのままで終われないので、今年エントリー資格をしっかり獲得したらまたチャレンジします。

 『追記』
 レースの結果を息子・娘に伝えたとき、娘の顔が一瞬沈んだ。その表情ははっきりと焼きついた。そして一言「いろんな理由があるだろうけど、外から見るだけの人にとっては結局結果が全て。結果でしか判断できない。」厳しいなコイツ。もっともだよ。ハイ。わかりました。次は結果出せってか。
4月から一人暮らしを始めた息子からLINEで返信が来た。「脚を痛めて走れないのは辛いけれど、その分次楽しく走れる。次によい状態で走れるよう今をきちんとするように。」陸上部キャプテンの的確なアドバイス。Thank you.母は君たちのためにもガンバルぞ。
posted by 江戸一RC at 21:31| Comment(1) | 大会レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お疲れ様でした。

レースまでやることやってきたから、レースで自分を出したい。でも出せなかった。悔しいよね。当たり前だ。悔しくない訳がない。

上を目指す人はこれを何度も繰り返すんじゃないかな。繰り返した分強くなるはず。

後遺症が残るかちょっと心配だったけど、でも大丈夫だね。もうしーちゃんは前を向いているからね。

まだ山は始まったばかり、これからの活躍を期待してます!
Posted by カズ at 2014年05月10日 14:09
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: